夕暮れ。
風も強くなってきた頃。
やっと緋月がポツリポツリと、話をしてくれました。
「ひーは昔、海を見たの」
うん。
「ずっと昔。ひーが、ひーだった頃」
? うん。
「飛べなくて。海があっても出れなくて」
うん。捕まってお船で連れてこられたんだよね。
「でも、紫貴に会えたから。良いの」
「こんなお日様だった」
夕暮れだったんだ。
「ひーは、ずっと泣いてた」
うん。
「でも、諒圭に会えた。だから良いの」
うん。
「…………」
緋月?
「……それは、紫貴がくれたの」
名前のこと?
「名前……そう。聞かれて『ひー』って言ったら、くれたの。綺麗な響き」
うん、綺麗な名前ね。良かったね。
「…………紫貴」

それはもう、此処にはいない人の名。
「行こう、諒圭」
……もう、いいの?
「お家で皆、待ってるね」
うん、待ってるよ。

緋月は何かを振り切るように、海に背を向けた。




緋月と海第2段。
お出かけに縁のある子です。
でもついついこんな話を考えてしまう……。
緋月がこんな風に自分のことを話してくれるのは、とても珍しいです。